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IVV国際市民スポーツ連盟認定
道後湯けむり遍路道ツーデーウォーク


旧土佐街道・坂本屋編


松山と高知を結ぶ街道、旧土佐街道(土佐人にとっては松山街道)。
三坂峠越えはこの街道最大の難所といわれていました。
江戸時代からの様相をそのまま残すところが多い
三坂峠から坂本屋までは、険しいながらも大変味わい深い道。
苔むした杉並木や のんびりとした田舎道を歩きながら、
いにしえのへんろ人に心を寄せてみてはどうでしょう?

18日(土曜日) 35キロ・10キロ  


上写真は坂本屋全貌 
約100年前の遍路宿を改修し、地元ボランティアの方々がお遍路さんに心のこもったお接待をされている。
 

三坂峠〜 
国道33号線ができる昭和初期までこの街道は商人や馬子、もちろんお遍路さんも行きかい賑わっていたとか・・・

三坂峠からしばし杉並木の中を下ると、途中、松山や瀬戸の海や島々が見える絶景スポットがあります。
かつての行商の金物屋が、商売道用の鍋をあまりの坂のきつさにここで落として割ったしまった鍋割坂と言われている所もあり、坂の厳しさを表しています。
「むごいもんぞや久万山馬子はヨー、三坂夜出て夜戻るヨー、ハイハイ」と歌われたようにその往復は一昼夜かかったといわれています。
三坂峠、標高705mから下ります。

※標高700メートルからいっきに260メートルほど下ります。お膝など関節に痛みがある方はかかりつけ医師とご相談ください。シューズは履き慣れた歩きやすいものにしましょう。また、三坂峠から坂本屋に歩きつくまでお手洗いがありません。
一の王子社跡〜坂本屋
さらに下ると「一の王子社跡」の看板が・・熊野信仰に由来する小さな社で、石鎚信仰にも結び付いており、石鎚頂上までの道に王子社が続いていたといわれます。

その社をあとに、さらに下ると久谷の里に出てきます。この辺り一帯は遍路文化が色濃く残る地域であり、「坂本屋」もそのひとつで明治末期から大正初期に建てられた遍路宿だそうです。それを改築し、現在有志の皆様が土日にお遍路さんに、あたたかいお接待をされています。囲炉裏やかまどもあり、鳥の声に聞き入りながら一休みすると、ほっこりと心が和み身体も癒されます。
坂本屋 その2  
坂本屋で、こんな餡子餅をいただきました(^ ^) 歩き疲れたからってのを差し引いても、本当に美味しい♪ ほっこりしながら辺りを見ていると正岡子規の句が・・
 「旅人のうた のぼりゆく 若葉かな」
伊予路では、このような句碑がいたるところにあり、人々の心に溶け込んでいます。

※坂本屋から浄瑠璃寺までは約6km。ちょうど中間地点です。しばし休憩し、リフレッシュしていきましょう。トイレもご利用できます。
網掛石〜浄瑠璃寺  
ほのぼのとした久谷の里を歩き進むと、大子堂が見えてきます。その向かいに大きな石が・・

“昔、三坂峠辺りに大きな石があり、旅人の行く手を遮り困っていた。すると、旅の僧が大きな網を石にかぶせ、天秤棒で担いでどけようとしたそうな。。あまりの重さに棒が折れ、石の一つは下の川に転がり落ち、もう一つは榎の道端に落ちたそうな。よく見ると石に網の目が・・・その怪力なお坊さんはなんと弘法大師さまだったそうな。川に落ちた石の破片が現在浄瑠璃寺に祀られているとか。”

この手の言い伝えが四国にはたくさんあります。弘法大師さまが行ったといわれる事業のひとつ、土木工事。この網掛石だでなく、六ヶ寺コースにもある杖が淵もお大師様が行った大事業と言われます。民の暮らしに直結する大事業、それによって暮らしが大変良くなったことを考えると、庶民がいかにお大師さまを崇敬していたかわかる気がしますね。
ここを過ぎてから浄瑠璃寺まではあと3キロ程度です。

※浄瑠璃寺からの説明は六ヶ寺ページへへGO

   




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